『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』を観た

とうとう公開されているエヴァンゲリオン作品を全て観終えた。

「新劇場版4作」→「TVシリーズ全26話」→「旧劇場版」という順番で観進めていて、今朝娘をあやしながら観た『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』でいよいよ最後だった。

しかし、しょっぱなからシンジ少年の“やっつけ”シーンから始まり、残酷な描写が多数、サブリミナル的な目に悪い描写も多数、「気持ち悪い」で締めくくられる胸糞エンドと、娘をあやしながら観るような作品ではなかったことは間違いない。

妻が二度寝のあとに起きてきて、いきなりシンジがアスカの首を締めているシーンを見て「何これ、何してるの?」と聞いてきたのだが、いや映画まるまる観ている僕も何をしているのか答えることはできなかった。


エヴァ初号機を依代に、(碇ゲンドウの計画は失敗し)ゼーレの計画通り人類補完計画が発動してしまう。

ただその後、綾波レイ(リリス)とカヲリくん(アダム)から好きなようにして良いといわれたシンジは、他人と補完し合う関係なんて嫌だと、(少なくとも自分は)元通りに戻ることを望む。

そうしてシンジは海辺に横たわっていることに気がつくのだが、その横にはアスカの姿もあった。

シンジにとってアスカは友達であり(“やっつけ”してしまうほど)ある種の愛情を抱いた人間でもあった。

一方のアスカは、(少なくともシンジからみると)シンジを拒絶し続け決して肯定してくれない存在だ。

他人と補完し合うなんて嫌だ、自分は自分だ、それを望んで元通りになったのに、またアスカと2人でいるとまたアスカに裏切られて自分が傷ついてしまうかもしれない。大切なアスカと他人に対する憎悪の板挟みで、アスカを絞め殺そうとするも(エヴァの力無しでは)葛藤で殺すことができない。

目を覚まし、そんなシンジに気がついたアスカは、本来は「あんたバカ?殺すならさっさと殺しなさいよ」なのか、「ふん、意気地なし、殺せないならこれからずっとこの私が一緒にいてあげるわよ」なのか、言うようなものだ。

しかしここは、一度補完が済んでまた元に戻った世界。シンジの心のなかにあるアスカが復元されているに過ぎないのだろう。

シンジは(“やっつけ”の件で)アスカに酷いことをしたと思い込んでいる。アスカは自分のことを憎んでいるに違いないと思い込んでいる。

それであのアスカは「気持ち悪い」と言い放ったのだろう。


そんな考察をしてみた。

どうだろうか。

誰かエヴァシリーズを観ていて、話し合えるような友達はいないかしら。


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エンタメ記録(2022年)_20220110

  • 映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH (TRUE)2』by Netflix
  • 映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』by Netflix

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