『両利きの組織をつくる』 書評


『両利きの組織をつくる』は、世界的な大ベストセラーである『両利きの経営』(チャールズ・A・オライリー氏)の組織理論をもとに、日本企業であるAGC(旭硝子)をケーススタディとして、どのように両利きの経営を実践するのが良いのか、内容がまとめられたものである。

『両利きの経営』自体はあまりに有名で、弊社でも「両利きの経営を目指そう!」などといった大号令がトップ層を中心に叫ばれていたが、では具体的にどうやって両利きの経営を目指すんですか、とか、弊社でいうところの「既存事業」とそれに対する「深堀りすべき事業」ってなんでしたっけというところは具体的なメッセージが無く、いまいち腑に落ちないでいた。『両利きの組織をつくる』では、AGCが『両利きの経営』のいち実践企業としてかなり具体的にその実践過程が描かれているため、大変参考になった。ビジネス本としてももちろん、読み物としても面白い内容だったように思う。


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まず、両利きの経営とはいったい何なのか。以下に引用する。


> 「両利きの経営」とは、既存事業の「深掘り」(exploit)新しい事業機会の「探索」(explore)を両立させる経営のことである。本書の共著者でスタンフォード大学経営大学院教授のチャールズ・オライリーとハーバード・ビジネススクール教授のマイケル・タッシュマンが一九九六年に初めて発表した経営理論であり、論文発表以来、膨大な実証研究が積み上げられてきた。日本では二〇一九年に翻訳刊行された書籍によって広く知られるようになった理論だ。 

> 組織が進化するためには、異なる二つの組織能力が必要とされる。ひとつは「(既存事業を)深掘りする能力」(exploit)であり、もうひとつは「(新規事業を)探索する能力」(explore)である。両利きの経営とは、企業が長期的な生き残りを賭けて、これら相矛盾する能力を同時に追求することのできる組織能力の獲得を目指すものだ。 


企業のコア事業である既存事業領域に対しては「深堀り」を進めなければならない。ただし、不確実な時代でデジタルディスラプションがいつどんな業種に対しても起こりうる時代となってしまった今、深堀り能力だけを高めていてはダメで、一歩外れたところにある“新しい事業機会を得るための「探索」”を進めていく必要がある。「カイゼン」や「漸進的イノベーション」だけではダメですよ、という話だ。

ただし、本書の特徴はそれを組織論に昇華させたところにある。「深堀り」と「探索」を両立させるためにはどんな組織になる必要があるのだろうか。


> 高度に効率化されてきた大組織は、失敗が許されない組織になっている。その結果、経営陣は「下が主体的に動かないから始まらない」と嘆き中堅・若手は「トップが判断しないと何も始められない」とぼやくのだ。多くの企業幹部をインタビューすると、「新規事業がうまくいかない」「なかなか新しいことが始められない」「変わりたいのに変われない」という切実な悩みに必ず遭遇する。 

> 脱皮できない蛇は死ぬ変化に適応できない成熟企業は、遅かれ早かれ、新興企業からの破壊的なイノベーションによる挑戦を受けて、駆逐されることになるだろう。その変化点がいつ・どこで起こるかは誰にもわからない。主力事業と社員を守りながら、過去に囚われない新たな取り組みを実行できる組織になるためには、何をしなければならないのか。守る経営をしながら攻める経営をするとは、どういうことなのか。両極のバランス・ポイント(重心)はどこにあるのか。


両利きの経営は“組織理論”である。両利きの経営を実践できるのはどんな組織なのか、またそのような組織になるためにはどう行動するべきなのか。こうした点に対する回答として、次のように記述されている。


> 「変革は経営者によるトップダウンとミドル・若手からのボトムアップがミートするところで起こる("Change happens when topdown meets bottomup")」という立場だ。たとえば、次のようなイメージだ。(1)経営者が新しい経営の文脈(コンテキスト)を提示する、(2)トップからのメッセージに応える形で一部のミドル・若手が反応し、具体的な行動が生まれる、(3)経営者は自らのメッセージを体現している人を探し出し、そこにスポットライトをあてる(認知する)、(4)組織内で新しい行動事例が共有され、周りに波及し、新しい行動パターンが定着する、というように、トップとミドル・若手が相互に呼応した動きをすることを通じて、組織カルチャーが変わっていくのだ。つまり、経営トップのリーダーシップとミドル・若手のフォロワーシップの組み合わせによって、新しい組織カルチャーを形成していくのである。


以上の引用をまとめると、次のような感じになるだろう。これをもって、簡単ではあるが本書のまとめとしたい。


時代の変化に適応するために、企業は収益のコアとなる「既存事業の深堀り」と新しい事業機会の獲得のための「新規事業の探索」を両方進めていく必要がある。そのためには、両利きの経営を実践できるような「組織カルチャー」が必要だ。両利きの経営を実践できる組織カルチャーを得るためには、まず組織のトップ(経営者)が具体的で明確なメッセージを提示する必要がある。ミドル層・若手層はそれに呼応し、自分たちがその組織にいる意義と組織が目指している方針を理解し、体現していく。逆にミドル層・若手層から「組織はこうあるべき」とトップを突き上げていくこともあるだろう。トップからの働きかけ、ミドル・若手からの行動の両方が呼応しあって、新しい組織カルチャーが形成されていくのだ。


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