反逆の戦略者 DISRUPTORS 感想3

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PART 5. ムーンショットを狙え

Google X(現在は社名をXに変更) は“ムーンショット・ファクトリー”である。ムーンショット・ファクトリーとは、ケネディ大統領が月面着陸を目指したプロジェクトを冠する研究チームである。Xでは海水をカーボンニュートラルな液体燃料に変えるための研究や宇宙エレベーター、常温核融合などが研究されており、また、ウェイモ(自律走行自動車会社)やルーン(インターネット接続を提供する成層圏レベルの気球ネットワーク)等の分社化に成功している。

一方これらのプロジェクトは無尽に行われるものではない。「キル・メトリクス」と呼ばれる「それを満たさなければ他の点がどうであってもプロジェクトを中止しなくてはならない決定的基準」が設けられており、キル・メトリクスが達成されないプロジェクトは打ち切られることとなっている。プロジェクトが打ち切られたからといって、それは決して失敗ではなく「学習の成果」だとされ、失敗から得られた教訓を分かち合うことが望まれている。また、プロジェクトが打ち切られたり提案したアイデアが却下されたりした社員に対しては昇進や賞与等の措置が取られるという。これらにより、社員が積極的に提案できるようになり、また実現性の低いプロジェクトを自主的に終わらせることができるようになり、失敗のリスクがある大胆な提案ができるようになるのだ。


PART 6. 未来をインキュベートせよ

出会い系アプリ「ティンダー」はハッチ・ラボという会社のハッカソンから生まれたアプリだ。きょうみハッチ・ラボ自体は大手メディア企業IACによって過半数所有されていた。IACは何年にもわたりオンラインデート業界を支配しており、Match.com、OkCupid、PlentyOfFish、Meeticなどの出会い系サイトを所有している企業だ。IACは、なぜ自社が優勢なデートアプリ市場において、競合他社を支援して自社の収益をリスクにさらすようなことをしたのだろうか。それは、IACではインキュベーターが会社から自立しており、インキュベーターの運営にほとんど口を挟まなかったからだ。既存の収益源を葬り去ってしまう可能性のあるビジネスに対して、親会社がコントロール権限をもっていると、どうしても自制が働いてしまうだろう。「Match.comを捨てる」という選択肢が親会社には無いのだ。ハッチ・ラボがIACから自立した子会社だったからこそ、ティンダーは誕生したのだ。


PART 7. 夢でプロトタイプをつくれ

UAE アラブ首長国連邦は、いまもっともAI活用を進めようとしている政府機関の1つかもしれない。2014年に「ムハンマド・ビン・ラーシド政府イノベーションセンター」が設立されたのを皮切りに、政府主導の複数のイノベーション・ラボが開設されたりイノベーション担当CEOや幸福担当大臣のポストが新設されたりし、「真空チューブを利用した輸送システムによる通勤」「空飛ぶ自動運転タクシー」「炭素排出ゼロの実験都市」等について議論が進んでいるのだという。石油により立国したUAEは、持てる限りの経済力を注ぎ込み、国を上げてスタートアップマインドを育成しようとしている。明確な未来のビジョンを提示することでそれを達成する説得力のある物語が生まれ、長期的だが具体的な(国家としての)ビジネスプランに落とし込むことができるのだ。


PART 8. プラットフォームを構築せよ

UAEがAI国家を目指そうとしている国だとすると、エストニアは既にデジタル国家になり得た国だと言える。エストニアはEレジデンシー政策、つまりデジタル空間でエストニア住民を増やす政策を推進している。世界中の誰もがオンライン申請でエストニアのEレジデントになることができる。Eレジデントが取得できればエストニアで会社を設立し、エストニアの外に住んだままEUのルールでビジネスを行うことができる。

Eレジデントの取得には100ユーロの申請料が必要だ。これにより、エストニア政府は2025年までに3億4000万ユールの収入を得ることができると見積もられている。経済効果は総額18億ユーロだ。Eレジデントが1000万人になり、1000万人からサブスクリプションフィーを請求すると、エストニアの現地に住む国民からの所得税は完全に廃止できるのだという。

エストニアのデジタル政策は、国民やEレジデントにメリットをもたらすばかりでなく、国家公務そのもののデジタル化ももちろん推進した。政府は全国民に安全なデジタルIDカードを一律支給しており、それらはXロードと呼ばれる分散型データ連携を介して官民5200以上の組織に接続されている。エストニア政府の発表によるとXロードによって、市民と政府を合わせて年間8億時間の節約を実現しているのだという。Xロードは Once Only の原則で運用され、何らかのサービスのために情報を一度入力したら、それ以降二度とどこにも入力する必要はない。ちなみに、このワンスオンリーは日本国政府が掲げる「デジタル・ガバメント推進方針」にも明記されている。デジタルでも行えることはデジタルをデフォルトにする「デジタル・ファースト」の文化を根付かせることが、日本がエストニアに追いつき追い越すために必要な第一歩なのではないか。


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