『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』楠木建、読了

戦略の神髄は思わず人に話したくなるような面白いストーリーにあるという。面白いストーリーでなければ競争戦略にはなりえないとすると、面白いストーリーの条件とは何か。その条件を解説しているのが本書だ。

楠木先生は「話し好き」なのだろう。語られるように(ときには冗長に)丁寧に物語られているので、さくさくと読み進めることができた。また書かれている内容も興味深く、表現もわかりやすく、とても腑に落ちるものだった。

ここにその内容をまとめてみることとする。


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まず、「戦略」ないし「競争戦略」について、次のように説明されている。

  • 実務ですぐに使えるような「実践的」な何かを提案しようという、このところの戦略論の「テンプレート偏重」や「ベストプラクティス偏重」には、むしろストーリーのある戦略づくりを阻害している面があります。一見して効き目がありそうなテンプレートやベストプラクティスを探してきて自社に流用するという発想は、むしろ戦略ストーリーを破壊してしまうのが普通です。
  • 体系的な目標設定が不可欠なのはいうまでもありません。目標が設定されなければ、戦略もありえません。しかし、ここではっきりさせておきたいのは、目標の設定それ自体は戦略ではないということです。「二〇〇X年第2四半期までに営業利益率一〇%確保!これがわれわれの戦略だ」というのは、要するに戦略ではなく目標を言っているわけです。
  • 「ベストプラクティスに学べ!」という思考(?)様式には、そもそも「違い」をつくるはずの戦略を阻害し、同質的な競争へと企業をドライブしていくという面があります。しかし、問題はそれ以上に深刻です。安易なベストプラクティスの導入が戦略ストーリーの基盤となる論理を殺し、その結果として戦略ストーリーの一貫性を破壊しかねないからです。 

以上のように、戦略とは目標を設定することでも、KPIを設定することでもない。また「お客様の笑顔のために」だとか「世界を良くする」だとかいったポエムでもない。長期的に・永続的に利益を出し続けるためにはどのようなストーリーが必要なのか、そのストーリーこそが「競争戦略」となりうるのだ。

例えば、顧客満足度を高めるため「商品の大胆な値下げ」に踏み切ったとする。一時的にはその商品は多く売れるようになり、短期的に売上は向上するのかもしれない。一方で、そもそも値下げしないと買われないようなつまらない商品だったのかもしれないし、低価格路線を強いられることに繋がり、商品や接客、カスタマーサポート等の質が下がっていってしまって、顧客満足度も利益も落ちぶれていってしまうということも考えられる。

また、「会員カードやポイントカードを配ってリターン率を向上させる」というのもよく取られる施策になっている。コンサル志望の学生がケース面接で言いそうなことだ。実際数多の企業が会員制をとって「顧客の囲い込み」を図っている。一方、会員カードやポイントカードを本当に“有効に”使えている企業はどれくらいあるだろうか。ポイントカード程度であればせいぜい紙を配るだけかもしれないが、ポイントカードなんて貰ったってまた持ってくるの面倒だよなあとか、せっかく貯めても500円しか引かれないのかよとか、ポイントカードあるから久しぶりに行ってみたけどポイント失効してんじゃんなんだこれとか、せいぜいそんなことを思われて終わりではないだろうか。またデジタルアカウントにしたとしても、顧客データやアプリを維持するための費用は馬鹿にならないし、デジタルマーケティングに成功している企業なんてほんの一握りだ。


競争戦略は「思わず人に話したくなるような面白いストーリー」を持っていなければならない。そしてそのストーリーの肝は「一見すると非合理なこと」にある。本書では数多くのストーリーの実例が紹介されている。例えば、スターバックスは全席禁煙でわざとゆっくり手間ひまをかけてコーヒーを出す。また、パスタやホットドックのような軽食は出さず、またアルコールも提供しない。忙しい人にはあえて嫌われて「ゆっくりと時間を過ごしてくれる人」だけを対象としたお店作りをしているのだ。

普通のカフェの発想はきっとこうだ。「回転率をあげよう!喫煙者にも使ってもらいたいから喫煙席を用意しよう!ビールを一杯飲んで帰るビジネスマンにも使ってもらいたい。おつまみも提供しよう!」普通の発想と言ってしまったが、スターバックス以前のカフェのベストプラクティスはこうであったのだ。なのでスターバックスは創業当初、他のコーヒーチェーンや投資家たちから「あいつら変なことやってるな」と評されていただろう。しかし結果として、スターバックスは独自の路線のまま成長を続けることができ、他チェーンが模倣しようとしたときには既に遅し、また模倣しようとしてもできないような強固なコーヒーチェーンになっていたのだった。


ストーリーのある競争戦略には次のような特徴がある。

  • 儲かり続ける仕組みがある。その仕組みは短期的なものではなく半永久的に続いていくものである。ゆえに顧客やサービスの“本質”を捉えたものになっている必要がある。
  • 儲かり続ける仕組みから逆算されている。このような場合はこう、こうなってしまったらこうといった枝分かれの多いストーリーではなく、一貫してブレないものである。
  • 突飛なものや目新しいものではない。誰でも真似できるものだが「誰も(初めは)真似しようと思わないようなもの」である。

特に3点目が本書最大のポイントである。スターバックスの戦略は、初めから真似することだってできた。ただし他の会社はみなしなかったのである。することが非合理に見えたからだ。本書には載っていなかった例だが、iPodやiPhoneなんかもそうだろう。ウォークマンのように「音質も良くて落としても壊れないよう丈夫に作ってカラーバリエーションもたくさん出して、、、」といった音楽プレーヤーが主だったところ、突如iPodが現れた。ソニーや東芝は「こんなもの誰が買うねん」と考えていたに違いない。またiPhoneも「iPod touchに電話機能をつけたタッチパネルのケータイ電話なんて、ケータイじゃないよね。オタクしか買わないんじゃない。そこそこは売れるかもしれないけど、まだまだ僕たちのケータイが優位なことは間違いない」と考えられていただろう。ところがAppleのストーリーは、売れるケータイを作ることではなく、iPhoneを作ることにあった。「初代iPhoneは技術としては寄せ集めであった」という負け惜しみはよく聞かれるが、これも「誰でもができたことだが、しなかったこと」こそがストーリーとしての競争戦略の肝であるということの一例ではないだろうか。

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リーダーには「ストーリー」を語る責任がある。いや、面白いと思って自分から話したくなるようなストーリーを描いていれば、リーダーは自然とストーリーを語りだすし、従業員はそのストーリーが腑に落ちバリバリと仕事をするだろうし、利益も出続けることになる。

勤め先の会社は、働きがいもあるし労働環境も良いし、好きな会社ではあるけれど、いまいちビジョンとかストーリーみたいなものが分からないのだ。働いている僕にすら分からないんだから、顧客はもっと分からないだろう。理由はないけど「何となく」選ばれている会社だと思う。由々しき事態だと感じている。

早く社内で名を挙げてリーダーとなり、ストーリーとしての競争戦略を描いていけるよう成長していきたい。


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