Digitization, Digitalaization, Digital Transformation

先日、会社で誰かが誰かに「それじゃ単なるデジタル化だよ、デジタルトランスフォーメーションを目指さないと」みたいなことを話しているのを聞いた。DXはもう一般大衆にまで知れ渡ってしまったキーワードで、もはやバズワードですらないので、改めてDXとは何かという定義を議論するのも不毛だと思う。ただ、「デジタル化はDXではない」とかいう説明とか、「〜のためのDX」とか、「DXは絶対必要だ」とか、こうした言葉からは違和感を感じてしまう。


まず「デジタル化はDXではない」について。言いたいことは分かるんだけど、デジタル化もDXに含まれている(と僕は思う)ので、これは説明としては誤りだろう。より正確には「デジタル化だけがDXではない」とか「デジタル化が済んでもDXは達成されない」とかが正しい言い方だと思う。デジタル化は避けては通れないステップだし、だから丁寧にお金と時間をかけて整備しなければならない部分だと思う。その構想が固まれば、時代遅れの人たちの意見は全部無視して、トップダウンで突っ走るべきだ。

ちょっとDXをかじった人はデジタイゼーション・デジタライゼーション・デジタルトランスフォーメーションみたいなカタカナをわざわざ使い分けたがる。こんなこと言ってるのは日本人だけかと思ったら、英語の記事もたくさんヒットした(例えばこれ)ので、海外でも使われている概念みたいだ。でもdigitizationもdigitalizationも辞書的な意味は同じで、それに後から少し賢い人が解釈を与えて広めただけな気がするので、こんな言葉を使って嬉しそうにしている人を見ると、少し軽蔑してしまう。


「〜のためのDX」について。僕はDXを“状態”だと思っているので、なんとなく違和感を感じてしまうのだと思う。業務上のあらゆるものがデータ化され、かつそれらが部門横断的にデータ活用されていて、ビジネス形態も顧客に提供するサービスも全てがデジタルありきとなっている状態をDXだとする。そうすると「業務効率化のためのDX」とか「収益改善のためのDX」なんていうのはおかしい話で、DXされれば当然業務も効率化されているし当然収益も改善されているものなのだ。わざわざ「〇〇のための」という枕詞をつけるということは、その「〇〇」がメインテーマなのであって、DXはバズワードだからとりあえず付けておきました、って感じが見え透いてしまう。


最後に、「DXは絶対必要だ」という人。これは特に偉い人が「我社もDXを進めるぞ!」って宣言する場合か、あるいはポンコツが適当に口から漏らす場合か、そのどちらかでよく聞く。なんでそんな当たり前のことを言うんですかって感じだ。「利益を出すことは必要だよね」とか「顧客に満足してもらいたいよね」とかっていうのと同じだ。わざわざ言うってことは、なぜ会社がDXする必要があるのかということを理解していないのではないか。

世の中のすべての業界すべての会社は、否応なしにデジタルの渦に飲み込まれ、その中心に引き寄せられて破壊されていく。DXしない企業は世の中から必要とされず、ただデジタルの渦の中で他企業に壊されるか自然と崩壊するかのどちらかだ。

これを前提としてDXがあるので、だから「我社もDXを進めるぞ!」などとほざいている人はそんなことを宣言している暇があったらまずはデジタイゼーションとかデジタライゼーションとかを進めたほうが良いと思う。


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