『テクノロジーの世界経済史』、読了

カール・B・フレイの『テクノロジーの世界経済史 ビル・ゲイツのパラドックス』を読んだ。かなり読み応えのある本で、ボリュームも多く、読むのに時間がかかってしまったのだが、内容は面白く、読むのが辛いとかそういうことはなかった。


産業革命はなぜイギリスで起こったのか、その後イギリスの労働者はどうなったのか、他国はどう追随したのか、アメリカはどうか。そして、AIは世界と労働者をどう変えていくのか。


そもそもビル・ゲイツのパラドックスとは、ビル・ゲイツが「イノベーションがこれまでにないペースで次々に出現しているというのに‥…アメリカ人は将来についてますます悲観的になっている」と指摘した内容のことを指す。

本書を読めば、このパラドックスは決して悲観的すぎる見方でもイノベーションを理解していない見方でもなく、むしろ歴史に習えば当然の認識である、ということが分かる。


本書の主張の一つは単純明快である。技術の進歩に人々がどう対応するかは、所得が増えるか減るかに左右される、ということだ。この問題を考えるとき、経済学者は人間の労働を助ける技術と人間の労働に置き換わる技術とを区別する。本書では前者を補完技術(または労働補完技術)、後者を置換技術(または労働置換技術)と呼ぶことにする。たとえば望遠鏡を考えてみよう。望遠鏡が発明されると、天文学者は木星の衛星を観測できるようになった。このとき、大勢の労働者から仕事を奪うようなことはしていない。望遠鏡のおかげで、それまでは不可能だと考えられていた新しい研究ができるようになった。対照的に自動織機は、それまで手で織っていた織工に置き換わるものだ。そこで生計を脅かされた織工たちは自動織機に激しく抵抗した。よって、人間に置き換わるような資本財を生み出す技術は反発を招きやすい、と考えることは理に適っている。


本書によれば、ローマ帝国の時代から、政治の長たちは労働置換技術を規制してきたという。労働置換技術が導入されることによって労働者たちの職が奪われることで、彼らを統治しきれなくなったり彼らが暴動を起こしたりするからだ。


カピトリーノの丘まで円柱を運ぶ機械を発明した男が売り込みに来たとき、皇帝はこう応じた。「それではどうやって民を養えばよいのか」。重くて長い柱を石切り場からローマまで運ぶには数千人の人夫が必要だ。これだけの人夫を雇うのは、もちろん統治側にとって重い負担となる。だが民衆から仕事を奪えば社会が不安定化しかねないことを考えれば、技術の進歩を差し止めて雇用を維持するほうが政治的に好ましい選択肢になる。柱の運搬は労働者に生計の手段を与え、忙しくさせ、社会不安の危険性を抑えることができる。

ヨーロッパの君主たちは、産業の発展を奨励しないどころか、積極的に阻止した。神聖ローマ帝国の最後の皇帝にして最初のオーストリア皇帝フランツ一世は、技術の進歩が政治におよぼす影響をひどく恐れ、全力を挙げて経済を農業依存にとどめおこうとした。とりわけ懸念したのは、工場ができれば家内工業の労働者が不要になり、貧民に落ちぶれて都市に集中し、政府に対して暴動を起こすことである。これを避けるべく、フランツ一世は一八〇二年にウィーン市内での工場の建設を禁じた。さらに、新しい機械の輸入や導入を一八一一年まで禁じている。蒸気機関車を走らせる計画が提出されたときに、皇帝はこう答えた。「絶対にだめだ。そのようなものとはいっさい関わりたくない。革命でも起きない限りは」。というわけでハプスブルク帝国の鉄道では長らく馬が客車や貨車を引いていた。


ところが産業革命期直前のイギリスでは、蒸気機関や工場という労働置換型のイノベーションを積極的に推進し、産業立国に舵を切ったのだった。これによって、長期的にはイギリス人の賃金は上昇し生活環境は改善されたが、短期的には賃金は低下しているし、ラッダイト運動などの暴動も多発している。


AIを始めとする近年のテクノロジーが、破壊的なイノベーションを巻き起こしつつあり、また既に破壊されている業界があることは間違いないが、それではその社会的な影響は短期的には如何ほどなのか、長期的にはどれくらいなのか、悲観的すぎることも楽観的すぎることもなく、歴史に習って丁寧に社会実装していく必要があるだろう。


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先日受講したセミナーでも、先生がこの本を取り上げていて驚いた。ちょうど1年くらい前の本だが、もっと評価されても良いだろう。トピック的にも「電気のメリットを最大限に活かすためには工場のレイアウトを変える必要があった。単に電化するだけではダメで、電気の特性に合わせてレイアウトが最適化されてはじめて、工場での生産性が大きく向上したのだった」みたいな話が載っていたり、「パリには本屋がたくさんある。フランスは書籍の無料配送を禁じる反アマゾン法があるからだ」のような話が載っていたりと、大変面白い。

改めて、読み応えたっぷりの本だったが、大変勉強になりました。


一昨日、勢いでまた新しい本を買ってしまった。森川潤『グリーン・ジャイアント 脱炭素ビジネスが世界経済を動かす』だ。NewsPicksで話題になっていて、自分もエネルギー業界に勤めるものとしては内容を知っておきたかったからだ。

これは新書なので、『テクノロジーの世界経済史』と違って、さくさくページが進んでいく。結構近いうちに読み終わってしまうかもしれないな。今年中に20冊本を読むという目標を達成するためにも、『グリーン・ジャイアント』はさくっと読んでしまいたい。



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リーディングリスト(2021年)_20211021

読み終わった本

  • テッド・チャン『息吹』
  • 楠木建『ストーリーとしての競争戦略』
  • ジョアン・マグレッタ『マイケル・ポーターの競争戦略〔エッセンシャル版〕』
  • デイビッド・ローワン『DISRUPTORS 反逆の戦略者』
  • カール・B・フレイ『テクノロジーの世界経済史 ビル・ゲイツのパラドックス』
  • 加藤雅則『両利きの組織をつくる』
  • 山口雄大『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』
  • 石川和幸『この1冊ですべてわかる 在庫マネジメントの基本』
  • 梅谷俊治『しっかり学ぶ数理最適化 モデルからアルゴリズムまで』
  • Judea Pearl『入門 統計的因果推論』
  • 岩崎学『統計的因果推論 (統計解析スタンダード)』
  • 安井翔太『効果検証入門』
  • 榎本幹郎『音楽が未来を連れてくる』
  • 藤田聡『眠れなくなるほど面白い たんぱく質の話』
  • 別所栄吾『「お前の言うことはわけがわからん!」と言わせないロジカルな話し方超入門』
  • 『徹底攻略 ディープラーニングG検定 ジェネラリスト問題集』
  • 『応用情報技術者合格教本』

読んでいる本・読もうとしている本
  • マーク・ジェフリー『データ・ドリブン・マーケティング』
  • ダン・アリエリー『予想どおりに不合理』
  • マルク・レビンソン『The BOX コンテナ物語』
  • リード・ヘイスティングス『NO RULES 世界一「自由」な会社、NETFLIX』
  • 森川潤『グリーン・ジャイアント 脱炭素ビジネスが世界経済を動かす』
  • 石野雄一『実況!ビジネス力養成講義 ファイナンス』

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